“男性職員が当たり前にいる乳児院”を目指して
心理判定士
職員インタビュー
心理判定士
“支える人”を支えたい
日赤医療センター附属乳児院では、子どもたちと保護者への心理的な支援を行っており、現在、2名の心理判定士(臨床心理士)が働いている。
福井心理士は、乳児院で働き始めて13年目。子どもたちの発達状況の把握(アセスメント)や心理的ケア、家族への支援、養育にあたる職員への研修・指導などを行っている。
彼女のテーマは「あーちゃん達をエンパワーメントする」。
「あーちゃん」とは直接子どもたちの養育に当たっている保育士・看護師・助産師のことだ。
乳児院の心理士として、「あーちゃん達をエンパワーメントする」というのは一体どういうことなのか。どんな思いで、具体的に何を行っているのか、お話を聞いた。
自己紹介は「保育士が大好きな心理士です」
もともと大学院に通いながら、心理士として療育機関で3歳から18歳くらいまでの発達障がいのお子さんの療育をやっていました。
私、保育士さんが本当に好きなんです。保育士さんって、泣いている赤ちゃんの気持ちを分かってあげて声をかけて笑顔にしているじゃないですか。すごいなあって思っていて。大学院でも、保育士の専門性の向上が研究テーマだったので、ずっと保育士さんと一緒に働きたいと思っていたのですが、心理士が保育士と一緒に働ける場所って、あまりなくて。もっと保育士さんたちと一緒に子どもを見たり考えたりしたいと思っていたところに、たまたまお声掛けいただいてここで働き始めました。
おこがましいかもしれないけど、私はここであーちゃん達をエンパワーメント(支援)できる心理士になりたいとずっと思っていて、でも、いきなり「何でも話して。なんでも聞くよ」って言っても誰も話してくれないと思うんです。日常的にあーちゃん達のサポートで現場に入ることで、「あの人にならちょっと話してみようかな」って思ってもらう存在になれたらいいなって。
お子さんによい養育をするのってやっぱりあーちゃん達なので、心理士が出来ることって限られているんです。
あーちゃん達が安心安全のなかで仕事をするために私に何ができるんだろうって考えると、ちょっとした業務をお手伝いさせていただくことかもしれないし、「なんか疲れちゃった」っていうときに「どうしたの?」って立ち話することかもしれないし、心理の専門的な知識をお伝えすることかもしれない。あーちゃん達を支えるその先に、子どもがいるって思うんです。現場の職員が安心安全の中で働けるっていうことは、お子さんも安心だし保護者の方も安心安全だと思うんです。
プロとして自分を振り返る
―入職して10年以上たちますが、仕事への思いに変化はありますか?
私はあーちゃん達のことを本当に尊敬しているので、「あーちゃん達をエンパワーメントできる心理士でいる」っていう目標はこの先5年先も10年先も変わらないと思います。どういう支援をしたらあーちゃん達がより働きやすくなるのかって考え続けていきたいです。
2年前(2023年)からは外部の療育機関にも入ってもらって、子どもたちの療育を行っています。私自身も療育の現場に入りたい気持ちはあるのだけど、じゃあ何十人も全員の個別の対応ができるかと言ったらやっぱりできない。
今は、どうやったらその支援がうまく回るようになるのか考えていくのも、ここの心理士として大事な仕事だなと思っています。例えば、療育機関が行っている専門的な関わりを、あーちゃん達たちが日常生活に取り入れるにはどうすればいいのか。最近ようやくそんなことを現場の養育職員と一緒に考えられるフェーズになってきたなと思います。
―福井さんはよく「私たちはプロなんです」っておっしゃいますよね。
イヤイヤ期の子どもに対してイラっとしちゃうときって、やっぱり人間だからあると思うんです。でも「私はここでプロとして働いているんだから落ち着こう」と振り返ることが大切なんです。
遊んでいる子どもの後ろ姿を見て、「かわいいから抱っこしたい」ではなく、「今は遊びに集中しているから見守ろう」と考える。その子がちょっと不安になって抱っこを求めてきたら抱っこをする。その関わりは自分たちがやりたいからやったのか、その子にとって必要だからやったのかという振り返りは必要だなって思います。
特に受け持った子どもに対しては、ずっと熱い思いで養育をしてきたからこそ、感情が巻き込まれてしまうことってあると思うんです。子どもたちが乳児院を退所して他の施設に移るときに、あーちゃん自身が泣いてしまうこともあると思うけど、その子にとって「良い別れ」ってなんだろう、そのために自分はどう行動すればいいのだろうって考えていかなきゃならないんです。私たちはプロだから。
チームで支える養育の力
子どもたちは自分のあーちゃんに対して、「わーっ」と感情を出すことがあるけれど、「感情を出していいよ」って言えるのって、やっぱり周りがしっかり支えてくれているからだと思うんです。その感情をあーちゃんが一人で受け止めたらしんどい時ってあるじゃないですか。でも、「あーちゃん、一回ねんねしたらまた来るからね。それまで〇〇さんと待っていてね」って安心して委ねられる養育者がいる。みんなで見ていくチーム養育をしているってとても大事なんです。
「感情を出してもいいよ」ってあーちゃんが言えるのは、周りがしっかり支えているからだと思うし、感情を出すことがネガティブな雰囲気になっちゃったら、子どもたちは感情を出すのをやめてしまう。しっかり感情を出して、それを受け止めてもらうっていう経験が大事だなって思います。
保護者への思いを込めて
―子どもたちが退所する際、心理士からの所見を書かれていますね。
今まで一緒に暮らしていない期間もあるなかで、保護者の方に少しでも役に立つ情報を届けたいと思っています。「今はこんな発達段階ですよ」「次はこんな遊びが一緒に楽しめますよ」といったかたちで、親子の関わりが一つでも増えるよう願いを込めて書いています。毎回、何度も書き直して書き直して書き直して…と手紙のようにしたためています。
保護者の方にも、「乳児院に行ったときに、心理士っていう人が話を聞いてくれて良かったな」とか、「あの人、こんなこと話していたな」というのがどこかに残っていたら、次の場所でちょっと話してみようかなっていう気持ちになってくれるかもしれない。頼るのって悪いことじゃないんだよ。次の場所でも誰かに助けてって言っていいんだよっていうメッセージも込めています。
あーちゃんと“協働”していくということ
今、外部の療育機関がサポートにはいってくれるようになりましたが、将来的には、私ももっと現場に入りたいなって思います。養育の現場って、唯一無二の答えがないので、心理も養育もそこがすごく難しいなって思います。だからこそ、あーちゃん達と生で同じものを見て、あーちゃん達の言葉をもっと豊かに理解したい。もっと自分をブラッシュアップさせて、心理の立場から俯瞰してみた時に、こんなふうな景色があったよって、あーちゃん達にもっともっと伝えられたらいいなって思います。




